[総評]
審査員 青山学院大学国際政治経済学部教授 羽場久美子(世界国際関係学会(ISA)アジア太平洋、副会長。グローバル国際関係研究所所長。京都大学客員教授)
フランス・パリの、第1次世界大戦終焉(1918)とパリ講和会議(1919)100年、第2次世界大戦開戦(1939)80年の国際会議から帰国し、十大学国際政治合同セミナーの方々が選んだ1枚1枚を拝読させていただいた。
戦争の20世紀といわれる前世紀が終わってもなお、21世紀にも続く悲劇の現実を感じ、胸が痛む。
現代国際政治経済は、矛盾に満ちており市民は深い憤り、悲しみのふちにある。
しかし人類は、それを是正し、そこから脱出する「未来への展望」の力も常に持っている。
報道写真には、どこにもぶつけようのない深い悲しみとともに、そこからどうしたら抜けられるかの思いにもあふれていた。
■優秀賞 移民セクション「国境を越えて」
目に飛び込んできたのはあまりにも理不尽な現代国際社会の現実であるが、そこからも再構築していくべき未来がある。
そう思い、現実を直視し、かつそこから未来を展望するプラカードを持つ少年や女性たちの一枚を優秀賞に選ばせていただいた。
AFPの素晴らしい写真と皆さんの深い洞察は、すべてを選びたいという思いに駆られるものばかりであった。
これらの写真を拝見する中で、現在の様々な問題を解決し、希望に満ちた未来を主体的に構築するにはどうしたらいいのかを、本気で皆さんに考え実行してほしいと切に考えた。
現実から切り取られた、声や息遣いが聞こえてきそうな写真、またそこから強い責任と平和構築のメッセージを読み取ろうとした若い皆さん一人一人の優れた感性に、心から賞賛を送りたい。優れた写真群を、ありがとうございました。
■部門賞
- 移民セクション「命を求める子どもたち」
- 情報社会セクション「日常の併存」
- 経済格差セクション「今日を生きるために」
- 環境セクション「飛べない鵜の叫び」
- 紛争セクション「紛争地からの叫び」
それぞれの写真と選者のキャプションが素晴らしく、一つを選ぶのが申し訳なく、実際には2、3個ずつ選んでしまった。最後に一つに絞ったが、どの写真も選ぶに値する、優れたものでした。
ですので外れても落ち込まないでください! 現実の国際政治経済のあり方を批判的に問う優れた写真を、皆さんの豊かな感性で選んでいただき感謝しています。
ここに選ばれなかった多くの選者の人たちのコメントも非常にレベルが高いものであった。すべての作品に拍手を送りたいが、奨励賞としてさらに以下の写真と選者を掲げておく。
(下線作品は、優秀賞でも言及したもの)
■奨励賞
- 移民セクション 「祈り」IS、「先行く不安」K
- 情報社会セクション 「愛する者の情報さえも」浅田大介
- 経済格差セクション「急成長の陰に生きる」山口紗羅、「Not fateful」熊谷優花
- 環境セクション「次世代への負の遺産」今井一揮、「私たちのごみ袋のせい、知らなかったではもうだめ」伊藤礼奈
- 紛争セクション「未来へつなぐ命」高橋芽生、「奪われた日常」Hiki
終わりに全体を通じて、国際政治社会における深い悲しみ、叫びを切り取った報道写真が多かったが、優秀賞作品にみられるように、未来を先取りするような優れた写真や選者の評も、多々見受けられた。
現在繰り広げられている、国際社会の不条理に対して我々がどうかかわっているのか、どうすべきか、を考えようとする真摯な姿勢、十大学の学生さんたちならではの、深く鋭い視点が感じられ、非常に学ぶことの多い企画であった。
ここに選ばれなかった多くの選者の人たちのコメントも非常にレベルが高いものであった。この企画を高く評価し、心より感謝したい。
ここに掲載されているAFPWAA WORKSHOP作品に於ける「作品タイトル」と「本文(日本語部分)」はあくまでも応募者の見解であり、写真英文キャプション及びAFP通信の報道と必ずしも一致するとは限りません。
十大学合同セミナー受賞作品
優秀賞 「国境を越えて」

国境は、人と人を引き裂くものであってはならない。
この写真はアメリカ・トランプ大統領の移民政策によって移民の親子が引き離されたことに対して行われたデモの様子である。家族を引き離すことが政治的理由で正当化されてしまうようなことは、あってはならない人権侵害だろう。
移民によって始まったアメリカの歴史は新しい局面を迎えた。トランプ大統領はアメリカ第一主義を掲げ、移民を拒んでいる。この少年が訴える”WE ARE ALL IMMIGRANTS”の言葉はアメリカ第一主義者の心にどう響くのだろうか。津田塾大学 鎌澤 歩 移民セクション
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
移民排斥の動きが先進各国で広がる中。現状を打ち破る、21世紀の幕開けにふさわしい、記憶に留めておく一枚として、緑の中をプラカードを掲げて行進する少年と女性たちの写真を選ばせていただいた。
国境は閉じるものではなく、結ぶもの。―トランプの移民の家族の引き離し政策、「自国ファースト」に対して、「私たちはみな移民」「人種主義は間違っていることを示そう!」「お母さんたちは、家族が離れ離れになるのに反対」などのプラカートを掲げて、緑と光の中、ワシントンDCを行進する子供や母親たち。子供の目も、母親の目も、未来を見据えている。
宇宙飛行士の毛利衛さんは、宇宙から見た地球は青く美しく、国の境界線にはラインが引かれていなかった、ラインは人間がひいたのだ、と語っている。
アメリカ・ヨーロッパで広がる人種主義に対して、子供や女性たちが立ち上がれば、未来は変えられる! そう信じられる1枚である。
選者のキャプションにも、透徹した深い思想がある。21世紀の将来を象徴する作品として、この写真を選ばせていただいた。
部門賞 移民セクション 「命を求める子どもたち」

写真は難民キャンプで、ミャンマーへの強制送還に反対するロヒンギャ難民たちである。この写真を見て感じるのは、子どもたちの悲痛な思いである。ロヒンギャの人々は、ミャンマー国軍によるジェノサイドを初めとした多くの残虐行為を受け、難民となった経緯がある。自分の意思ではなく、自国を離れざるを得ない難民は悲惨であると思う。しかし、そうせざるを得ないほど自国で苛烈な仕打ちを受けているのである。この写真には、その全てが表れているように思う。大人だけでなく子どもたちまで自国に帰りたくないと訴える、世界にはまだまだ想像を絶するような現実があるのだと思い知らされる。私たちが当たり前だと思っている命の保障が、彼らにとっては日々切実に願うものなのだろう。自国に帰ったら死んでしまう、そういう状況に置かれている人々が世界にはたくさんいることを知らなけいけないという思いでこの写真を選定した。
明治大学 福地 俊介 移民セクション
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
写真から叫び声が聞こえてくるような、ロヒンギャ難民の子供たち。彼らは、難民キャンプからミャンマーへの、帰還の強制送還に叫び声をもって反対している。
祖国から命からがら逃げてくる子供たち若者たちの、祖国での実態を変えることなしに、難民問題を容易に祖国に送り返して解決することはできない。世界は、なぜ難民が数千万人も出てくるのか、なぜ自国に、自分の村に帰れないのか、を子供たちの悲痛な叫びから、学び取り組んでいかねばならない。画面から飛び出してきそうな迫力のある叫びの写真である。またそうした不条理な現実と、命の尊さを深く切り取った選者のキャプションである。
移民セクションでは、もう一つ「祈り」をあげたい。救急隊のボートに乗り込んだ男性が祈っている写真は、様々な数百の思いを、未来に向けて克服していくのだという崇高な姿勢が感じられる。その千々の思いを文字化し我々のやるべきことにも思いをいたした選者の評にも心を打たれた。
部門賞 情報社会セクション 「日常の併存」

リビア紛争地域の軍事基地で、休憩中の軍人達が世界的に人気のあるバトルロイヤルゲームをプレイしている。彼らが見つめているスマホの画面のすぐ側に置かれた拳銃が否応なしに目に飛び込んでくる。私達にとっても身近なスマホゲームをプレイする姿と、その背景にある紛争のギャップに衝撃を受け、この写真を選定した。写真に映った彼らにとってはスマホゲームをプレイするのも、机の上の銃を持って戦いに行くのも、どちらも同じ日常であるのだろうと感じ、情報社会の拡大と未だなくならない紛争を視覚的に同時に訴えるインパクトのある写真だと考えた。
早稲田大学 古川 真優 情報社会セクション
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
ぞっとする写真だ。選者は、「私たちにとっても身近なスマホのバトルロイヤルゲームとその背景にある紛争のギャップに衝撃」と書かれている。しかし現代の戦争は、「きれいな戦争」といわれ、バトルゲームと、現実のバトルは、ほとんど差はない。
特に先進国の軍隊兵士は、画面を見ながら爆撃したり無人ドローンから攻撃したりするといわれる。良心的な(心の柔らかい)兵士や軍人はそれでも精神を病んで自殺する人が後を絶たないが、その銃剣や爆弾の先にいるのは、がれきの上で遊ぶ幼児や、畑で仕事をする女性や子供たちだ。情報社会は、戦争の仕方まで変えてしまった。先進国の情報技術が死を簡単にゲームのように変えてしまった恐ろしく闇の深い写真である。選者の鋭い視点も素晴らしい。
部門賞 経済格差セクション 「今日を生きるために」

絶対的貧困はなぜなくならないのか。今でも多くの人が、最低限の生存条件を欠く生活を強いられている。幼い子どもたちが、生きるために必死に働いている。
彼らをどう手助けをするべきか。援助とはとても難しいものだ。格差是正のために主権国家は、彼らに教育の機会を与え、最低限の知識を身につけさせ、将来の可能性を広げてあげるべきだと思う。経済格差は教育格差から生まれる。世界中で平等な教育機会が提供されるべきだ。
獨協大学 増永 梨奈 経済格差セクション
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
まだ小学校の低学年のような男の子たちが、ハンマーで金属を打ったりノミで削ったりして仕事をしている。彼らが学校に行かず一心不乱に働いて得たお金は1日100円から200円に満たない。それが家族の生活費になる。学校に行けないことで、彼らの貧困と無知は、次の世代にも再生産される。こうした負の循環を終わらせなければならないことを深く感じさせる、貴重な1枚である。
選者の目も厳しく、温かい。「経済格差は教育格差から生まれる。世界中で平等な教育機会が提供されるべきだ」その通りだ。そしてそれとは全く逆の現実がある。これを先進国と新興国が手を携えて、変えていかねばならない。
このほかに、スラムで暮らすストリートチュルドレンの写真も心を打つ優れた写真であり、優れた選者のコメントであった。
部門賞 環境セクション 「飛べない鵜の叫び」

この写真は、飛べない鵜がごみに囲まれた自分の巣に座っている様子を写しています。このごみは遠い場所から運ばれてきた人間によるごみです。人間は、自然では循環しない物質を多く生み出し、環境を大きく破壊しています。例えば、この写真に写っている多くのプラスチックは海で分解されるまでに何年、何十年、何百年とかかり、その間海を汚し続けるのです。こういった環境破壊により海の生物たちは苦しめられてきました。この飛べない鵜はどうでしょう。自分の住処がごみだらけになり苦しめられています。きれいな海を優雅に泳いでいた頃とは違い、今はごみの漂う海でプラスチックなどを飲み込んでしまうリスクと隣り合わせで生きています。そう考えながら写真を見ると、この飛べない鵜は、自分の羽ではこのごみだらけの巣から飛び立ち頭上を過ぎる海鳥のように自由に飛び立つことができないことを嘆き叫んでいるのではないかと思えてきました。それとともに、こうした環境問題に取り組む責任が自分たちにあると強く認識しました。(ペンネーム:ほー)
明治大学 環境セクション
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
この写真はまさにわれわれの何気ない日常の中で、大量に排出するプラスチックごみという、燃えないゴミが、太平洋に浮かぶ島々、また世界中の豊かな島々や波打ち際にすむ鳥や環境・生態系を破壊し、それらは何百年もの間、地球環境を汚し続け、地球全体に負の影響を与え続けるという事実だ。
飛べない鵜が、ごみの中で卵を守りつつ、翼を広げて威嚇する叫び声は、私たちのプラスチックごみに対する無批判な日常を切り裂く叫び声のように聞こえる。選者の、飛べない鵜に対する辛く温かい思いと、合わせて私たちの責任を問う姿勢も高く評価できる。
同じ写真を選んだ人は2人いましたが、分析力でこちらを選びました。
もう一つ「次世代への負の遺産」、ごみの山の中を歩く、幼児たちと、ごみを片付けるボランティアの人たちの活動の写真も心に残るものでした。上記の鳥の巣もどちらも、海のそばであり、私たち先進国の国民が毎日今でも大量に消費し捨て去るゴミがきれいな自然を壊しそこに住む生き物や人々を汚染している、それを告発する優れた写真と選者の目を感じました。
部門賞 紛争セクション 「紛争地からの叫び」

人の命をいとも容易く奪い、今も世界で進行している武力紛争、内戦。それらを知るにつけ、「戦争のない」平成という時代を過ごした私たち日本人が、常に持っていなければならない意識があると感じる。それは、紛争が現実の出来事であり、実際に罪のない人が殺されているのだ、ということだ。
この写真は、教科書や論文で学ぶ私たちに、現実の意識を再認識させてくれるものだと感じた。二人の叫びは亡き人へ悔いる気持ちを届けたのかもしれないし、紛争という理不尽な暴力へ、怒りを届けたのかもしれない。あるいは、この状況の外にいる国際社会や私たちへ、現実感を届け、警鐘を鳴らしているようにも感じられないだろうか。
現実の叫びは、私たちに様々な意味を届けている。私たちは無関心であっていいのか、無関係であっていいのか、そんな疑問が頭をもたげてくるのを感じる。早稲田大学 原田 陽平 紛争セクション
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
最後に、紛争からは、「深い叫びと悲しみ」を選びました
家族、親せきを失った人々の、嘆きの声が聞こえてくる写真。イスラエルのガザ地区の境界での抗議の際に殺されたとあるので、圧倒的な武力の差があるイスラエル国家に、文字通り赤子の手をひねるように簡単に殺されていくパレスチナ地区の若者たち。それを嘆き悲しむ家族や親戚たち。これは内戦というより、国家的暴力が市民を殺戮していく最も典型的な例である。世界の多くの国々がイスラエルの、パレスチナへの攻撃を非難しているにもかかわらず、国際社会は無力なままにとどまっている。
国家暴力に対して何もしない、「我々が」かかわっている、「我々は」どうすればいいのか、を鋭く告発する、深く強い悲しみと嘆きを伝えてくれる写真である。選者のコメントも大変鋭く深く温かい。目に焼き付いて離れない1枚である。
AFP World Academic Archive(AFPWAA)
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さらに、AFP通信が提供するコンテンツは著作物二次使用許諾済みで、煩雑な許諾申請など一切不要です。既に20を超える教育機関に正式導入されており、授業のオンデマンド配信、大学公式サイトから配信する公開講座、アクティブラーニング先進事例等において幅広く活用されてきました。
十大学合同セミナー
十大学合同セミナーは今年で46期を迎える学術団体です。1973年に池井優氏(現・慶應義塾大学名誉教授)、宇野重昭氏(現・成蹊大学名誉教授、島根県立大学名誉学長)らが中心となって設立されました。当初は緒方貞子氏(元国連高等弁務官)も指導メンバーの一人として携わっていた伝統ある学術団体です。
早稲田、慶応、明治、法政や津田塾、東京女子大学といった首都圏の様々な大学から参加者が集まり、4~7月の3か月間で共同論文を書き上げます。十大は設立当初からその理念として「学習と交流」を掲げており、学生たちによる議論にも重点を置いています。私たちの生きる国際社会について「大学の垣根を越えた熱い議論の場」を提供し、共同論文を執筆する学術団体です。
[第46期グランドテーマ]
試練の多国間主義 -グローバルイシューにどう立ち向かうのか-
AFP World Academic Archiveは学術団体『十大学合同セミナー』に協賛しています。